『デブリの憂鬱』について
- 7月16日
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今年5月八王子のギャラリー「いちょうの木」にて『デブリの憂鬱』と題する個展を開催し、ギャラリー中央に大きな”象の足”と愛犬”ポチ”を組み合わせたインスタレーション作品を展開しました。
”象の足(エレファント・フット)”はチェルノブイリ原発事故で溶け落ちた核燃料デブリの通称です。元を辿るとデブリは地中深くに眠っていた物質の集合体です。我慢出来ずにパンドラの箱を開けた人間は未来のエネルギーとまでもてはやした挙句、事故を起こせばとんだ厄介者扱いです。一方、デブリに例えられた象も元は豊かな自然の中で暮らしていた一動物でしたが、象牙欲しさに年間何万頭と惨殺されたり、見世物として世界中に散りばめられ、その故郷さえも自然破壊が進んでいます。人間の欲望による関与がなければ、デブリも象もそれぞれがもっと相応しい在り方でこの地球に存在していた筈です。人間は自分達がしでかした過ちを省みず、デブリを見た目で”象の足”と言ってしまうような無神経で横暴な歴史を堂々と踏襲して来ましたが、犬はそのようなどうしようもない人間に寄り添う生活を選んできました。それはとりもなおさず人間と自然との間に立つことでもあり、耳をすませばすべての生き物の代弁者として私達に静かに忠告して来た筈です。
昨年5月ポチは私に大きな宿題を残し他界してしまいました。たくさんの幸福をもたらしてきたポチが何ひとつとして地上にモノを残さずきれいに去ってしまったのです。これまで世界の矛盾をポチの作品に託し続けて来た私にとって、モノである拙作こそが矛盾だらけのデブリそのものであり、仮に精神的産物とつっぱねたとしても未来永劫この地上に残せるほどの価値があるのかと自省せしめたのです。
人間はこの地球に住まわせてもらっている一つの生き物でしかありません。自然が持つレストレーションに頼っているだけではもはや破壊尽くした生態系の復元は叶わない時代となりました。先ずは私自身が表現と破壊を厳しく天秤にかけなければいけないのは当然のことですが、私の葛藤が少しでも多くの方に共有されればありがたいと思っております。
地球に住む生きものとしての自覚があるのなら核についても自ずと答えが導かれると思います。



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